人間の脳は3つの部分から成り立っていて、記憶する内容によって各部位を使い分けています。そして、記憶には、頭で覚える「陳述的記憶(ちんじゅつてききおく)」と、体で覚える「手続き記憶(技の記憶)」の2種類あります。
ここでは、それぞれの記憶と関わっている脳の部位について詳しく見ていきましょう。
▲人間の脳の成り立ち
地球上に生命が生まれて三十数億年。その間、生物の脳もゆっくりと進化し、今の形になりました。人間の脳にも進化のなごりがあり、次の3つの部分から成り立っています。
この3つの脳は、互いに密接に協力して働きます。人間はこの3つの脳を同時に使いながら、人間らしい豊かな精神活動をしているのです。
▲頭で覚える記憶と体で覚える記憶
記憶には、頭で覚える陳述的記憶(ちんじゅつてききおく)と、体で覚える手続き記憶(技の記憶)の2種類あります。
難しい漢字を覚えたり、数学の公式や歴史の年号を覚えるのは陳述的記憶で、海馬の働きによるものです。この記憶は一度覚えても意外と簡単に忘れてしまいます。
一方、手続き記憶は、自転車の乗り方や泳ぎ方などを覚える記憶で、一度覚えれば、なかなか忘れることはありません。例えば、自転車に10年間乗らなくても、体が覚えているのでちゃんと乗ることができますよね。これは手続き記憶のおかげなのです。
この2種類の記憶は、両方とも脳を使って記憶している点では同じですが、記憶のプロセスがちょっと違います。
▲手続き記憶が貯められる場所
手続き記憶(技の記憶)で中心的な役割を果たしているのは、脳のずっと奥にある大脳基底核(だいのうきていかく)と、その後ろ側の下方に位置する小脳です。大脳基底核は、体の筋肉を動かしたり止めたりといった大まかなな動きを、小脳は筋肉の動きを細かく調整しスムーズに動くために働きます。
私たちが一生懸命に体を動かし、何度も失敗を繰り返しながら練習するうちに、大脳基底核と小脳のニューロンネットワークが正しい動きを学んで記憶していきます。そのため、体で覚えた手続き記憶は、いつまでも私たちの脳に刻み込まれるのです。
スポーツ万能な人のことを「運動神経がいい人」といいますが、医学的にはあり得ないのです。なぜなら、運動神経は鍛えて太くなるものでもなければ、生まれつき特別に発達しているものでもありません。運動オンチの人もスポーツ万能の人も、運動神経はみな同じなのです。では、スポーツ選手とあなたの運動能力に差があるのはなぜでしょう?
筋肉の発達は大きな要素ですが、それ以上に運動能力に深く関係があるのは、実は小脳の中の記憶なのです。たとえば、長い距離を泳ぐため、練習を繰り返したとします。最初は5mも泳げなかったとしても、練習を重ねると次第に長い距離を泳げるようになりすよね。これは練習を繰り返すことで、小脳の中に筋肉をもっとも効率よく動かせる回路が作り出されたからなのです。
訓練というのは、何度も何度も練習することによって「どの筋肉を、どの程度動かせば長い距離を泳げるのか」といったことを試行錯誤し、小脳の中に最適な動きをするための回路をつくっていく作業のことなのです。ですから、訓練を繰り返し、小脳にその情報を叩き込むことができれば、誰だって運動能力を向上させることができるのです。
▲心の黒板
▲ワーキングメモリー
あなたの大親友が結婚したとします。あなたはそのお祝いにサプライズパーティーを開くことにしました。さて、あなたは何をしますか?
誰をパーティーに呼ぶか、会場はどこにするか、予算はいくらで、どんな催しを行い、どんな食べ物や飲み物をどのくらい準備したらいいかなど沢山のことを決めなくてはいけません。また、過去の似たような経験の成功例や失敗例を思い出すことも必要です。
このように、1.自分の意志で何かを企画し、2.それを行うための計画を立て、3.成功するために動くという場面で大活躍するのが前頭連合野(ぜんとうれんごうや)です。上記1~3の他に、4.反省もする脳の最高司令官と言える重要な場所です。
前頭連合野は、大脳皮質の中にあり、脳のあちこちにファイルされている情報をかき集めて、一時的に保存します。また、集めた情報を組み合わせたり、ばらばらにしたりして、「これからどうするか」といったことを検討するところです。まるで黒板にいろいろな情報を書き並べて作業している様子に似ていることから、心の黒板とも呼ばれています。また、その働きをワーキングメモリーといいます。このワーキングメモリーによって、人間はほかの動物とは違うことを考えられるのです。
ワーキングメモリーは記憶の一種で、いろいろな情報を組み立てて問題を解決するときに威力を発揮します。人間の自意識につながるような脳の情報処理のもっとも高度な働きで、ワーキングメモリーこそ人間特有の記憶なのかもしれません。
▲海馬とは?
海馬は、アルツハイマー型認知症になると最初にダメージを受ける場所です。では、なぜ海馬が損傷すると記憶障害を起こしてしまうのでしょうか?
大脳辺縁系の一部である海馬はタツノオトシゴのような形をしています。人間が人間の生活を送るために、生物が生きていくために必要な器官で、形・匂い・音などに関連した様々な情報を取りまとめて、物事を記憶する仕組みに重要な役割を果たす非常に重要なところです。
日常的な出来事や勉強などを通して覚えた情報は、海馬で一度ファイルされて整理整頓されます。その後、必要なものや印象的なものだけが残り、大脳皮質に溜められていきます。つまり、私たちの脳の中で新しい記憶は海馬に、古い記憶は大脳皮質にファイルされているのです。
つまり、海馬が正しく働かなくなると、昔のことは覚えていても、新しいことはすぐに忘れてしまうのです。アルツハイマー型認知症の方がついさっきのことを忘れてしまうのはこのためです。
▲初恋の人を思い出すことができますか?
あなたは初恋の人を思い出すことができますか?初めて会った日のこと、その人の顔や名前など、まるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができるのではないでしょうか。
記憶は大きく2種類に分かれます。ひとつが一夜づけの試験勉強をしてもすぐに忘れてしまう「短期記憶」。もうひとつが、一度覚えたら1年も2年も記憶に残っている「長期記憶」です。海馬は長期記憶を蓄積しませんが、長期記憶を作り出す際に重要な役割を果たします。例えば、初めて会った人の顔を覚えて認識したり、電話番号や見知らぬ場所への道順を覚えたりすることです。
よく「交通事故にあった人は、その時の情景を細かく覚えている」という話を耳にしますが、これは鮮烈なできごとは記憶に残りやすいためです。つまり、海馬が受ける刺激が強ければ強いほど長期記憶になりやすいといえます。初恋が一目惚れだった場合、出会った日のことは非常に衝撃的だったはずです。だから、短期記憶の海馬から長期記憶の大脳皮質に、その記憶がファイルされたわけです。
また、海馬に蓄えられた記憶を何度も出し入れすることで、記憶が定着しやすくなると考えられています。初恋の相手の名前を心の中で何度も思い返したり、一挙手一投足、表情や声を思い出してはボーっと過ごした、なんて経験は誰しもあるのではないでしょうか。こういったことを繰り返し行ったことで、初恋の人の顔やしぐさをあなたは今でもとても鮮明に覚えていられるのです。
ところが、海馬が傷ついてしまうと、長期的な記憶を作り出すことが困難になってしまいます。長期記憶をするためには、まず短期記憶という工程をふまなければならないからです。たとえば、ルツハイマー型認知症の方は、今日あなたと会って色々と話をし、楽しい時間を過ごしても記憶にとどめておくことができません。たとえ明日あなたとばったり出会ったとしても、昨日会った人だという認識ができません。これは、新しく入ってくる情報をうまく処理することができないためです。
一方で、事故や手術などで海馬を失ってしまった人は、初恋の記憶はしっかりと覚えているのです。このことから、海馬が損傷しても大脳が残っていれば、昔覚えた長期記憶は保たれることがわかっています。
海馬は短期記憶のほかに、脳の別の部分にある過去の記憶から、必要なときに必要な情報を瞬時に引き出し、状況に応じて分析する役割も担っています。例えば、道を歩いている時、突然曲がり角から車が出てきたら、あなたはとっさに車を避けようとしますよね。これは、脳に蓄えられた「危険」という情報を海馬がサッと引き出し、体に「避難しろ!=動け!」と命令を下したからです。
ところが、海馬がなくなってしまったり損傷したりすると、過去に蓄えた「危険」という情報を引き出せなくなり、危険と認識できなくなってしまいます。その結果、車を避けるという当たり前の行動ができなくなるのです。
▲海馬の敵
海馬は非常に高性能で記憶の司令塔とも言える重要な器官ですが、大変繊細で壊れやすい精密機械のような性質を持っています。しかし、酸素不足で脳がダメージを受けると、最初に海馬周辺から死んでいくといわれています。
また、とても強いストレスにさらされたときにも海馬は壊れてしまいます。「サリン事件」や「阪神大震災」が起こった際に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉を耳にしたことがあると思いますが、これは極端な恐怖やストレスで海馬に異常が現れる病気です。
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