ピック病は、前頭側頭葉変性症の中核的な病気です。前頭側頭葉変性症は、名前のとおり大脳のうち前頭葉と側頭葉が特異的に委縮する病気です。このうち、神経細胞内に病変「ピック球」が現れるのがピック病です。ピック病は若年性認知症の一つで、性格の変化や理解不能な行動を特徴とする病気です。
現在、日本国内に1万人以上のピック病患者がいると推定されています。発症が分かりにくいこともあり、これまでピック病患者の数はそう多くありませんでしたが、病気が周知されると患者数が増えてくると考えられています。
ピック病の発症ケースは少なく、アルツハイマー病の1/3~1/10だと言われています。40代~50代にピークがあり、アルツハイマー病の平均発症年齢が52歳なのに対し、ピック病の平均発症年齢は49歳と3年ほど早めです。そして、女性の発症率がやや多いアルツハイマー病に対し、ピック病にはそういった性差はありません。
しかし、ピック病を正しく診断できる医師が少ないため、アルツハイマー病と誤診されたり、うつ病や統合失調症と間違えられ、患者は不適切な治療やケアを受けるケースも少なくありません。この事態を重く見た専門家らは、2005年に研究会を結成、患者の実態把握や診断基準作成を始めました。
ピック病は、働き盛りの40歳~60歳に多く、脳の前頭葉から側頭葉にかけての部位が委縮します。記憶力の低下を主症状とするアルツハイマー病に対し、怒りっぽくなるなどの性格変化や、同じことを繰り返すなどの日常生活での行動異常が特徴で、次第に記憶障害や言葉が出ないなどの神経症状が現れます。そして、最終的には重度の認知症に陥るのです。
原因や治療法はまだ十分に分かっていませんが、「脳血流を活発にする栄養補給や適切なケアで、悪化を遅らせることは可能と考えられる」と、専門家は話しています。
アルツハイマー型認知症 | ピック病 | |
---|---|---|
病気部位 | 脳の後頭葉や頭頂が侵される | 脳の前頭葉や側頭葉に萎縮が起きる |
症状 | 「記憶の障害」...昼食を摂ったことを忘れるなど | 「行動の障害」...同じことを同じ時間に繰り返すなど |
診断治療 | 100年程前に発見され、原因の究明や治療の開発が不十分ながらも進んでいる | 100年程前に発見されるが、世界共通の診断基準すらなく、発生頻度も不明 |
発病年齢 性差 | 高齢になるほど増える 女性にやや多い | 40代以降65歳頃までに発病することが多い 性差なし |
ピック病にはまだ明確な診断基準がありません。その上、病気の認知度も極めて低いため、なかなか周囲に理解してもらえないというのが実情です。病気に理解のない世間の対応や、医師の誤診による患者や患者をとりまく家族の精神的苦痛は言うまでもありません。
例えば、分別のあるはずの働き盛りの男性が、万引きなどの反社会的な行動を起こし、捕まったことをきっかけにピック病が見つかったというケースも珍しくないといいます。しかし、会社や世間はそういった行動の背景にピック病が起因していることなど理解できる状況ではありません。「万引き=反社会的行動」を起こしたという事実だけを受けとめ、患者から仕事と信頼を奪うのです。
「万引で会社を辞めさせられるか、ピック病と診断されて休職扱いになるかで、本人や家族の生活も変わる」...悲しいことですが、これが実情です。このような無理解が生む悲しい事態を防ぐためにも、診断基準の早期確立と病名周知が急がれます。
ピック病患者は介護保険サービスが受けられます。しかし、患者はまだ若いので高齢者に比べると力も強く、その上徘徊などもあるため、それらを理由に受け入れを拒否する施設が多いのが実情です。
七年前にピック病を発症した夫(67)を持つ女性(62)は「他のお年寄りに暴力をふるう可能性があるから、鎮静効果の高い薬を飲ませたい」と入所条件を切り出され、「自分たちに楽な患者を受け入れようとしている」と憤りを感じたと話しています。
これについて専門家は、「比較的若い患者にはエネルギーを使わせて落ち着かせることが、悪化を防ぐためにも重要」と指摘します。また、「国や自治体は高齢者だけではなく、若年認知症も視野に入れた支援やケアの在り方を考えていくべきではないか」とも話しています。
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